「誤薬」と聞くと、多くの経営者は「現場の注意不足」「たまたま起きた一件」として処理してしまいがちです。しかし実際には、薬の管理業務には、経営者が把握していない"見えないコスト"と"構造的なリスク"が積み重なっています。今回は、介護施設における服薬管理の課題を、経営者が本来向き合うべき経営課題として整理し、最後に解決策を提示します。

見えていますか?施設の"薬管理"に隠れているコスト

多くの施設で、薬の管理は「日々のルーティン業務のひとつ」として扱われています。しかし実際には、職員が薬局から受け取った複数の薬剤を、利用者ごと・服用タイミングごとに手作業で仕分け、名前や朝・昼・夕といった情報をラベルやケースに書き込む作業に、毎日一定の時間が費やされています。

この作業は目立たないため経営者の目に入りにくく、「時間がかかっている」という感覚はあっても、それが経営上どれだけのコストに相当するのか、正確に把握できている経営者は多くありません。

実際、業界団体の調査でも同様の傾向が確認されています。全国老人福祉施設協議会が行った生産性向上に関する調査(10施設・施設看護師39名を対象としたアンケート)を引用したエトリア株式会社の資料によれば、施設看護師は1日の業務時間のうち15%、時間にして1.2時間/日を服薬管理・投薬に費やしているとの結果が出ています(出典:「介護ロボット全国フォーラム」講演資料、2025年1月31日)。

試算:配薬業務にかかる人件費(定員規模別)

ここで、配薬作業に1日あたりどれだけの時間がかかっているかを仮定し、定員規模別に月額・年間の人件費換算を試算してみます。以下は、定員20名の施設で配薬作業に1日60分かかると仮定し、定員数に比例して時間が増えるとした試算モデルです。実際の作業時間は施設の体制・利用者の服薬状況によって異なるため、必ず自施設の実態で計算し直してください。時給は実勢よりあえて低めの1,500円で試算しています。

定員規模 配薬にかかる時間(1日) 月間時間(30日換算) 月額人件費換算 年間換算
20床 60分 30時間 45,000円 54万円
60床 180分(3時間) 90時間 135,000円 162万円
100床 300分(5時間) 150時間 225,000円 270万円

コンサルタントとして強調したいのは、これはあくまで"配薬"という一つの作業だけの試算だということです。仕分け・記入・ダブルチェックまで含めれば、実際のコストはさらに大きくなります。しかも時給1,500円という前提はあえて低めに見積もったものであり、社会保険料の事業主負担分等を含む実際の人件費で計算すれば、金額はさらに膨らむはずです。一人あたりの仕分け作業に何分かかっているか、それが職員数・稼働日数でどれだけの人件費に相当するかを、一度自施設の数字で計算してみることをお勧めします。

誤薬は「気の緩み」ではない。構造的に起きるもの

誤薬のヒヤリハットには、いくつかの典型パターンがあります。他の利用者の薬を取り違える、違う時間帯の薬を渡してしまう、量を間違える、といったケースです。多くの場合、背景にあるのは職員個人の不注意ではなく、焦っている中で名前確認が省略されてしまう、似た名前・似た顔の利用者を取り違えてしまう、といった構造的な要因です。

さらに、服薬介助は多くの施設で食事介助の時間帯と重なります。限られた人数の職員が、複数の利用者の食事と服薬を同時並行で対応しなければならない状況は、ミスが起きやすい土壌そのものです。介護現場では人手不足を課題として挙げる声が根強く、業務量が個人の注意力の限界を超えている施設は少なくありません。

コンサルタントとして強調したいのは、「気をつけましょう」という精神論での再発防止には限界があるということです。ダブルチェック体制、声かけの徹底、業務動線の見直しなど、"仕組み"として誤薬を防ぐ発想への転換が必要です。

現場データが示す、配薬の"本当の負担"

厚生労働省が周知した「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」(介護保険最新情報Vol.1436)では、介護施設等でよく発生する事故として、転倒・転落、誤嚥・窒息、異食と並んで「誤薬・与薬漏れ」が明記されています。誤薬は、行政としても重点的な対策が必要とされている事故類型のひとつです。

実際に自治体へ届けられた介護事故報告(令和5年度)を見ても、その深刻さがうかがえます。長岡市では介護事故報告のうち32.2%が「誤薬・与薬漏れ」、川崎市で20.5%、世田谷区で15.7%、北九州市で9.0%、福岡市で7.1%、高崎市で6.6%と、自治体によって比率にばらつきはあるものの、いずれも報告される介護事故の中で上位を占める原因となっています(出典:各自治体の介護事故報告データ、「介護ロボット全国フォーラム」講演資料より引用)。

現場の負担は、事故そのものだけではありません。薬局から届いた薬剤を、利用者ごとに仕分け、朝・昼・夕・寝る前といった服用タイミングを手書きで整理する作業は、地味ながら日々確実に発生する業務です。これが積み重なると、本来利用者と向き合うべき時間が、事務作業に置き換わってしまいます。

実証実験が示す、"仕分けをやめる"ことのインパクト

この「仕分け」という作業をなくすと、実際にどれだけの負担が減るのかを示すデータがあります。事務機器・産業機器メーカーのエトリア株式会社(株式会社リコー・東芝テック株式会社の共同出資により設立)が、お薬の自動仕分け装置を実際の介護現場に導入して検証した事例です。検証には、社会福祉法人ノテ福祉会が運営する特別養護老人ホーム ノテ船橋(千葉県船橋市、70室・定員100名)と、アイン薬局とよとみ店が協力しました。

1ヶ月間、実際の介護現場で自動仕分け機を稼働させた結果、介護施設内の仕分け作業にかかる時間は約7割削減されました。

ここで注目すべきは、削減できたのが「仕分け作業」そのものだったという点です。そしてこの"仕分け"は、薬局が一包化調剤を行う際に、薬局側で既に行っている作業と実質的に同じものです。つまり、施設側が新たに機械を導入しなくても、薬局に一包化を依頼するだけで、この検証と同種の効果(仕分け作業そのものがなくなる)を、追加投資なしに得られる可能性が高いということです。

「なぜ薬局はそこまでしてくれるのか」と疑問に思う経営者もいるかもしれません。実はこの協力体制には、薬局側にもきちんとした経済的メリットがあります。薬局が一包化調剤を行うと、診療報酬上「外来服薬支援料2」(旧・一包化加算)を算定できます。さらに薬剤師が施設を訪問し、一包化業務に加えて施設職員と連携した服薬管理支援を行うと「施設連携加算」も算定可能です。加えて、施設と提携することで複数の入居者分の処方箋をまとめて安定的に受託できるようになり、薬局にとっても経営基盤の強化につながります。つまり施設と薬局の連携は、施設側の一方的なお願いではなく、双方にメリットのある関係として成立しやすい仕組みになっているのです。

誤薬を経験した職員の心に、何が起きているか

誤薬という出来事が、現場の職員にどれほどの心理的負担を与えているかは、経営者が見落としがちなポイントです。介護職員向けの解説記事では、誤薬に気づいた瞬間の心理状態が、次のように描写されています。「頭が真っ白になる」「申し訳なさより先に『怒られる』『家族に何て説明するんだ』『もう介護を続けられない』と浮かぶ」「報告すれば叱られる、黙っていれば分からないかもしれない、と一瞬だけ考えてしまう」——。

これは特定の誰かの特殊な弱さではなく、多くの現場で共通して起こりうる、人間として自然な反応だと捉えるべきです。だからこそ重要なのは、事故そのものを責めるのではなく、事実確認・報告・記録という実務的な対応に切り替えられる組織文化を、経営者が意図的に作ることです。報告をためらう空気がある組織では、同じミスが繰り返され、かつ発見が遅れるという二重のリスクを抱えることになります。行政対応の観点も含めた事故対応体制の総点検については、介護保険監査の対策Q&Aもあわせてご参照ください。

国も動いている。多剤服用(ポリファーマシー)という見落とされがちなリスク

経営者が見落としがちな論点がもう一つあります。厚生労働省の「令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会(第2回)」(2023年4月19日開催)では、高齢者施設における多剤服用(ポリファーマシー)、すなわち加齢による身体・認知機能の低下と多剤の服用が重なることで、有害事象のリスク増加や服薬アドヒアランス低下等につながるおそれがあることが、課題として取り上げられました。

2021年度の介護報酬改定では、介護老人保健施設に対して、薬剤管理指導や減薬等に係るかかりつけ医との連携を評価する仕組みが新設されています。薬剤師が配置されていない施設でも、薬局薬剤師による訪問指導の活用が進められている状況です。

コンサルタントとして今後の見通しをお伝えすると、薬剤管理・多剤服用対策は、単なる現場のオペレーションの話にとどまらず、将来の介護報酬改定における評価項目として、さらに重視されていく可能性があります。今のうちから体制を整えておくことは、将来の加算対応も見据えた先行投資と言えます。

なぜこれは「経営課題」なのか

ここまで見てきたように、薬の管理業務には、①目に見えにくい時間コスト、②構造的に起きる誤薬リスク、③職員の心理的負担、④国の政策動向という4つの側面があります。いずれも、現場の職員が個人の努力や注意力だけでカバーできる範囲を超えています。

これは、現場任せにしてよい話ではなく、体制・仕組み・外部連携をどう設計するかという、経営者自身が意思決定すべき経営課題です。

解決策:一包化と薬局連携で、構造そのものを変える

結論から言えば、これらの課題の多くは、一包化と、信頼できる薬局との連携体制によって、業務の構造そのものを変えることで解決できます。

一包化(服用のタイミングごとに薬をまとめて個包装してもらうこと)により、職員が薬剤シートから一つひとつ薬を取り出して仕分ける作業自体がなくなります。誤薬の典型パターンである「取り違え」「時間帯違い」「量の間違い」のリスクを、作業工程そのものを減らすことで抑えることができます。設備投資をしてテクノロジーを導入するという選択肢もありますが、多くの施設にとって最も費用対効果が高いのは、まず一包化と薬局との連携体制を整えるという、投資を伴わない一歩です。

一包化・薬局との連携体制をどう構築するか、信頼できる薬局の選び方については、「介護施設は薬局を使い倒せ」で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。

まとめ:経営者にしかできない意思決定

薬の管理業務は、地味で目立たないからこそ、経営者の意思決定から抜け落ちがちな領域です。しかし、時間コスト、事故リスク、職員の心理的負担、そして今後の制度動向まで踏まえると、これは現場の努力任せにできる話ではありません。

一包化への切り替えや薬局との連携体制の見直しは、いずれも経営者の決断ひとつで着手できる打ち手です。まずは自施設の"薬管理"に、どれだけの時間とリスクが隠れているかを点検するところから始めてみてください。

服薬管理体制を含む業務フロー全体の見直しについてお悩みの場合は、経営コンサルタントとしてお気軽にご相談ください。

参考

介護保険最新情報Vol.1436「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドラインについて(周知)」|厚生労働省老健局(令和7年11月7日)
高齢者施設等における薬剤管理の現状と課題~令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会から(6)|ドクターメイト
介護の誤薬で落ち込む介護士へ|辞めたいほどつらい時の報告・記録・原因整理|楽カイ
「介護施設における薬の仕分け、配薬ミス削減・生産性向上に資する製品・システムの社会実装」介護ロボット全国フォーラム講演資料|エトリア株式会社(2025年1月31日)
一包化加算(外来服薬支援料2)のメリット・デメリット・算定時の注意点を紹介|m3.com
施設連携加算の解説と行政資料・疑義解釈等まとめ|kakari(メドピア)

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。制度・ガイドラインの詳細は改正・運用状況により変わる可能性がありますので、必ず最新の公式情報をご確認ください。また、自施設の状況に応じた服薬管理体制の見直しについては、専門家にご相談のうえ判断してください。