処遇改善加算の実績報告書は、期限や様式さえ守れば終わりではありません。実際に「配分の仕方」を誤ると、加算要件を満たしていないと判断されるリスクがあります。今回は、実務上よく迷う4つの論点を整理しました。

論点1:月次払いか、賞与払いか

結論として、全額を賞与だけで配分することはできません。処遇改善加算(加算区分・移行の経過措置により基準は異なりますが)は、加算額のうち一定割合以上を「基本給」または「毎月支払われる手当」として、月々の賃金改善に充てることが要件とされています。目安として、区分によって加算額の2分の1以上、あるいは3分の2以上を月額賃金に充てる必要があるとされており、正確な割合は自事業所の処遇改善計画書上の区分によって異なるため、計画書の記載内容で必ず確認してください。

残りの部分については、賞与(夏季・冬季等)にまとめて配分することも可能です。ただし、賞与で配分する場合は、支給時期をあらかじめ職員に明示しておくことが望ましいとされています。

また、「既存の基本給や手当を減額して、その分を処遇改善加算の原資に振り替える」ことは認められていません。処遇改善加算は、あくまで賃金の「上乗せ」でなければならない点に注意が必要です。

当社の場合、現在は月次6割・賞与4割程度の配分にしていますが、今後は徐々に月次8割・賞与2割程度まで引き上げていく方針です。理由は、後述する採用面でのメリットが大きいと考えているためです。

論点2:月次で払う場合の名目は?

月次で配分する場合、必ずしも「処遇改善手当」という名称で支給する必要はなく、「資格手当」「職能手当」など、他の手当名目に含めて支給しても問題ないとされています。

ただし、労働基準法第89条により、賃金の決定・計算方法・支払時期は就業規則(賃金規程)に明記する義務があります。処遇改善加算分を既存の手当に含めている場合も、その支給根拠・計算方法を賃金規程に反映し、賃金台帳・給与明細でも処遇改善加算に対応する部分が追跡できる状態にしておくことが望まれます。こうした書類整備の状況は、介護事業デューデリジェンスで第三者視点から点検することも可能です。

当社では、「処遇改善手当」と「資格手当」の2つの名目に分けて支給しつつ、一部は基本給そのものの引き上げにも原資を充てています。複数の名目・方法を組み合わせる場合は特に、それぞれの支給根拠と金額を賃金規程上で明確に区分しておくことが欠かせません。基本給に組み込む場合は、その旨を賃金規程に明記しておく必要がある点は、特に見落とされがちなので注意してください。

論点3:実績報告の際、社会保険料の事業主負担分は含めてよいか

これは含めてよいとされています。処遇改善加算による賃金改善で職員の給与が上がると、それに伴い会社が負担する社会保険料(健康保険・介護保険・厚生年金等)や労働保険料も増加します。この事業主負担の増加分は、実績報告書上の「賃金改善実施額」に算入することが認められています。

計算方法としては、以下のような概算式を用いる方法が一般的に紹介されています。

前年度における法定福利費等の事業主負担分の総額 ÷ 前年度における賃金の総額 × 当年度の賃金改善実績額

個々の職員の実際の保険料率をもとに積み上げて計算する方法も認められています。どちらの方法を採るにせよ、合理的な根拠に基づいて説明できる計算方法を選び、実績報告の際に一貫して使うことが重要です。

なお、当社の場合は計算の煩雑さを考慮し、現状ではこの事業主負担増加分の算入は行っていません。含めるかどうかは、事務負担と、算入することで得られる金額的なメリットを天秤にかけて判断してよいというのが実感です。特に職員数が少ない事業所や、加算総額に対して社会保険料増加分の影響が小さい場合は、無理に算入せず、まずはシンプルな計算で実績報告を進めるという選択も現実的です。

論点4:処遇改善加算を基本給の引き上げに使っている場合は?

基本給そのものを引き上げる形で処遇改善加算を配分するのは、むしろ推奨されている方法です。時給制・日給制の職員であれば、時給・日給を引き上げることも基本給の引き上げに該当します。

近年の制度改定の流れとしても、一時的な手当や賞与ではなく、基本給や毎月固定で支払われる手当という「恒久的な賃金改善」への充当が重視される傾向にあります。基本給に組み込んでいる場合は、賃金改善前後の基本給の差額を、処遇改善加算による改善額として記録・説明できるようにしておくとよいでしょう。

当社では、数年前から処遇改善加算による賃金改善分を基本給の引き上げに充てる方針にしています。この方法には、明確なメリットがあると考えています。

基本給に充ててよいことを知らない事業所は意外と多い

処遇改善加算を基本給に組み込んでよいという点は、制度上明確に認められているにもかかわらず、実際には知らない、あるいは知っていても踏み切れていない事業所が少なくないという印象があります。

踏み切れない理由として最も多いのが、「将来、処遇改善加算が減額・廃止されたときに、基本給を下げられなくなるのでは」という懸念です。実はこの懸念、単なる思い込みではなく、労働法上も根拠のある正しい直感です。一度引き上げた基本給を会社側が一方的に引き下げることは、就業規則の「不利益変更」に該当し、個別の同意を得るか、倒産回避に匹敵するような高度な経営上の必要性がない限り、実務上は極めて困難とされています。つまり、基本給に組み込むということは、その後の加算の増減にかかわらず、その水準を自社の財源で払い続ける覚悟を決めることに等しいと理解しておく必要があります。

その上で、このリスクは次の2点を踏まえれば十分にコントロール可能だと考えています。

一つは、処遇改善系加算は平成24年度(2012年度)の創設以降、累次の報酬改定で一貫して拡充されてきているという事実です。令和6年度には旧3加算(処遇改善加算・特定処遇改善加算・ベースアップ等支援加算)が「介護職員等処遇改善加算」に一本化されましたが、これは事務負担軽減とわかりやすさ向上を目的とした制度の整理・強化であり、処遇改善そのものをやめる方向の見直しではありません。もう一つは、令和8年度に通常の改定サイクルとは別枠で、処遇改善加算の拡充に特化した臨時改定が実施され、月額最大1.9万円相当の賃金改善が措置された点です。基本報酬の見直しとは切り離した形で、処遇改善加算を機動的に拡充するという対応が続いており、賃金対策の主軸として処遇改善加算が位置づけられている流れは、インフレが続く現在の経済状況下では今後もしばらく継続すると見るのが自然です。

とはいえ、絶対に減らないという保証はありません。だからこそ当社では、加算による賃金改善分の全額を基本給に入れるのではなく、一部は「処遇改善手当」等の別立ての名目として残しています。全額を基本給に組み込むと将来の調整余地が一切なくなりますが、一部を手当として切り出しておけば、仮に加算の水準が変わった場合でも調整できる余地を残しつつ、基本給部分については採用力向上のメリットを確保できます。「全額を基本給に入れるか、全く入れないか」の二択ではなく、どの程度の比率を基本給に組み込むかという設計の問題として考えることをおすすめします。

採用力の観点からも、月給への配分は理にかなっている

もう一つの理由が、採用力への影響です。求職者は、応募先を検討する際、年収の総額よりも「月給」で比較検討することがほとんどです。実際、初任給の額が就職活動における一種の「足切りライン」として機能しているとも言われており、賞与を厚くするより、月々の手取りを増やす方が、求人票を見た瞬間の印象・応募数に直結しやすい傾向があります。

この流れは介護業界に限った話ではありません。ソニーグループは2025年、賞与を年2回から1回に減らして月々の給与に配分する「賞与の給与化」を実施し、新卒の初任給を大幅に引き上げました。大和ハウス工業や玩具大手のバンダイも、同様に賞与の比率を下げて月給に配分する制度変更を行っています。年収の総額を変えなくても、月給に厚みを持たせるだけで採用市場での見え方が大きく変わるという発想は、業種を問わず広がりつつあるトレンドです。

介護業界も人材獲得競争が激しい以上、この発想を取り入れない手はありません。処遇改善加算を賞与ではなく基本給・月次の手当に厚めに配分することは、単なる制度対応ではなく、採用力そのものを底上げする経営判断だと捉えるべきです。

まとめ

処遇改善加算の配分方法は、①月次と賞与の按分ルールを守る、②月次払いの名目と賃金規程を整合させる、③社会保険料の事業主負担増加分も賃金改善額に算入できる、④基本給への組み込みは恒久的な改善として望ましい、という4点を押さえておけば大きく誤ることはありません。とはいえ、加算区分や移行時期によって細かい要件が変わるため、実際の配分ルールは処遇改善計画書の記載内容や、最新のQ&Aで確認することをおすすめします。

特に④の基本給への組み込みは、制度対応であると同時に、報酬改定のトレンドや採用市場での見え方まで踏まえた「経営判断」です。目先の事務負担だけで配分方法を決めず、中長期的な採用力・定着率への影響まで見据えて検討することをおすすめします。

「自事業所の加算区分ではどちらが正しいのか分からない」「賃金規程との整合性を一度専門家に見てほしい」など、配分方法や実績報告の整理に不安がある場合は、介護経営コンサルにてお気軽にご相談ください。

参考

介護職員の処遇改善:制度概要|厚生労働省
介護職員等処遇改善加算に関するQ&A(第2版)|厚生労働省
処遇改善加算「実績報告」のポイント|社労士法人エンジー
処遇改善加算を基本給・賞与などの賃金に配分する方法|カイビズ
処遇改善加算の法定福利費等の事業主負担の増加分の計算方法|戸根行政書士事務所
令和8年度介護報酬改定について|厚生労働省
【図解でわかる】令和8年度(2026年度)介護報酬改定について解説
介護の処遇改善手当は無くなる?と言われる理由を解説|EXジョブ
ソニーも進める「賞与の給与化」で手取り増|日経ビジネス

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。処遇改善加算の配分要件は加算区分・移行の経過措置によって異なり、また制度改定により変更される場合があります。実際の取り扱いは、必ず自事業所の処遇改善計画書、および所轄の自治体・国保連合会・顧問社労士等にご確認ください。