「実地指導なら毎回きちんと対応している。でも"監査"と聞くと、正直どこか他人事に思えない」――そんな不安を感じたことはありませんか。今回、全国47都道府県・約190の自治体(政令市・中核市・独自に権限移譲を受けた市町村・広域連合を含む)が2025年(令和7年)中に公表した介護保険法上の行政処分を独自に調査したところ、確認できたのは全国で53件でした。件数自体は決して多くありませんが、その内容を分析すると、どんな事業所にも起こり得る"落とし穴"が見えてきます。この記事では、実際のデータをもとに、経営者・管理者の皆さまからよく聞かれる5つの疑問にQ&A形式でお答えします。
「うちは大丈夫?」という不安に、まずお答えします
まず結論からお伝えすると、「監査」自体は非常に稀な事象です。実地指導(現在の呼称は運営指導)は、法令で定められた頻度に沿ってすべての事業所に定期的に実施される、いわば通常のチェックです。多くの事業所が経験しているはずで、新規開設したばかりの事業所や、施設長になったばかりの方は身構えてしまうかもしれませんが、指摘事項が出ても一つずつ落ち着いて対応すれば、それだけで重い処分に発展することはまずありません。
「監査」はこれとは別の手続きです。実地指導や通報などを通じて、法令違反の疑いが強い、あるいは利用者の生命・身体の安全に関わる重大な問題があると判断された場合にのみ移行する、より踏み込んだ調査です。今回、都道府県・政令指定都市・中核市に加え、独自に権限移譲を受けた市町村・広域連合まで含めて全国を横断的に調べましたが、1年間で確認できた行政処分はわずか53件でした。実地指導で大きな問題が見つからなければ、監査に発展することは基本的にありません。
とはいえ、件数が少ないからこそ、実際に処分を受けた事業所の共通点を知っておく価値があります。「まさかうちが」とならないために、次のQ&Aで具体的に見ていきましょう。
Q1:どんな些細なミスが処分に発展するのか
53件の処分理由を整理すると、大きく4つのパターンに分類できます。
パターン1:不正請求・虚偽記録(最も多い)
最も件数が多かったのが、介護報酬の不正請求と、それを裏付けるための記録の虚偽・改ざんです。典型例を挙げます。
- 栃木県のデイサービス事業者は、定員を超過していたにもかかわらず本来必要な減算を行わず約2年間にわたり介護報酬を請求し続け、約5,258万円の返還請求を受けました。
- 群馬県の訪問看護事業者は、欠勤者や退勤済みの職員がサービスを提供したように記録を捏造し、指定取消となりました。
- 八尾市の訪問介護事業者は、1人の職員が同じ時間帯に2人の利用者へサービスを提供したという物理的にあり得ない記録で介護報酬を請求していました。
共通するのは、いずれも「その場しのぎの記録」が積み重なった結果、発覚時には数年分の不正が一気に露見しているという点です。単発のミスではなく、"慣行"になってしまったことが処分の重さにつながっています。
パターン2:高齢者虐待(身体拘束・経済的虐待など)
次に多かったのが、身体拘束や経済的虐待を理由とする処分です。
- 枚方市の特別養護老人ホームでは、緊急やむを得ない場合の要件を満たさないまま、おむつや肌着で身体を縛る身体拘束が常態化していました。
- 岡山県の養護老人ホームでは、約6年間にわたり入所者の預かり金を単独管理し、通帳から現金を引き出す際に一部を着服する経済的虐待が発覚し、着服額は判明分だけで2,000万円を超えました。
身体拘束は「緊急やむを得ない場合」の3要件(切迫性・非代替性・一時性)を満たさない限り、たとえ現場の善意であっても虐待と認定されます。「昔からのやり方」が更新されずに残っている現場ほどリスクが高いといえます。
パターン3:人員基準の偽装・虚偽の指定申請
大阪府内の複数の市で共通して見つかったのが、新規指定申請の際に、実際には勤務予定のない人物の名義を使って人員基準を満たしているように見せかける手口です。指定を受けてしまえば発覚しないだろうという判断だったとみられますが、いずれも指定取消という最も重い処分に至っています。人員基準は開設時だけでなく、運営中も継続して満たしている必要があることを軽視した結果といえます。
パターン4:その他(届出と実態の齟齬など)
このほか、届出上の所在地と実際にサービスを提供している場所が異なっていたケースや、同一建物減算の適用を逃れるために住所を偽って届け出ていたケースなども確認されています。「制度の建て付け」を逆手に取ろうとする不正は、結果的に発覚しやすく、処分も重くなる傾向にあります。
Q2:処分を受けるとどうなるのか
行政処分には主に「指定取消」「指定の全部・一部効力停止」「勧告・命令」の3段階があります。効力停止は新規利用者の受入停止にとどまる場合もありますが、指定取消になると、事業そのものを一度たたむことになり、再指定を受けるまでの間、その法人は原則として一定期間、指定を受けられなくなります(今回の事例でも5年間の指定禁止期間が設けられたケースがありました)。
返還請求額も決して小さくありません。今回確認できた事例では、兵庫県の特別養護老人ホームで約7,100万円、和歌山市の福祉用具・居宅介護支援事業者で約5,000万円など、高額な返還が命じられたケースが複数ありました。介護報酬の不正受給には原則40%の加算金が上乗せされるため、発覚が遅れるほど負担は雪だるま式に膨らみます。
さらに見過ごせないのが、公表による影響です。行政処分は自治体の公式サイトで法人名・事業所名・処分理由とともに公表されます。一度公表されると検索結果にも残り続け、利用者・家族・取引先・求職者の目に触れる可能性があります。返還額や営業停止期間以上に、この「公表」が事業に与える影響は長く尾を引くと考えておくべきです。
Q3:監査の権限は自治体ごとに違う――自社はどこの監督下か
今回の調査を通じて、経営者の方にぜひ知っておいていただきたい事実があります。それは、介護保険の指定・監査権限を持つ主体が、都道府県ごと、場合によっては同じ県内でも自治体ごとにまったく異なるという点です。
基本的な構造は、都道府県知事が指定権者となりますが、政令指定都市・中核市は独自に権限を持ちます。加えて、一部の県では、事務処理の特例により、政令市・中核市以外の一般市町村や、複数市町村が構成する広域連合にまで指定・監査権限が移譲されているケースがあります。例えば、埼玉県では県内の一部市に、大阪府では政令市・中核市以外の市町村の大多数に、愛知県では東三河地区の広域連合に、それぞれ独自に権限が移譲されています。
これはつまり、同じ都道府県内であっても、事業所の所在地によって「誰が自社を指定・監督しているか」が違うということです。複数の市町村に拠点を展開している法人ほど、この構造を正確に把握していないと、実地指導や監査の連絡窓口を誤認してしまうリスクがあります。自社の指定申請書に記載されている指定権者(都道府県知事か、市長か)を、今一度確認しておくことをおすすめします。
Q4:もし監査が入ったらどう対応すべきか
最も大切な心構えは、「実地指導の段階で誠実に対応していれば、監査にまで発展することはまずない」ということです。実地指導は取り締まりではなく、事業運営を見直す機会として前向きに捉え、指摘を受けた点は一つずつ確実に改善していくことが、結果的に最大の監査対策になります。
万が一、実地指導の中で重大な疑義が指摘され、監査への移行を告げられた場合は、まず慌てず、指摘の根拠となる法令・基準を具体的に確認することが重要です。不明な点は「わからない」と正直に伝え、曖昧なまま話を進めないようにしましょう。記録・書類の整理状況によっては、専門家(社会保険労務士・弁護士・コンサルタント)に早い段階で相談し、事実関係の整理を手伝ってもらうことも有効です。
いずれにしても、監査そのものよりも、その前段階である実地指導や日々の運営の中で、小さな指摘・違和感を放置しないことが何より重要です。
Q5:予防のために今すぐできる5つのこと
今回の53件のデータから見えてきた予防のポイントを、5つに整理しました。
- 加算算定の根拠を定期的に見直す――同一建物減算や人員基準に関わる加算は、算定要件が実態と一致しているか、最低でも半年に一度は棚卸しする
- サービス提供記録は「その場で」正確に付ける――後からまとめて記入する運用は、無自覚のうちに記録と実態がずれていく最大の原因になる
- 新規指定申請時の人員配置は実態と完全に一致させる――名義だけの配置は発覚した場合、指定取消という最も重い処分に直結する
- 身体拘束適正化・虐待防止委員会の実効性を確認する――委員会を「開催した実績」だけでなく、実際に現場の運用まで反映されているかを点検する
- 自社の指定権者(監督自治体)を正確に把握しておく――複数拠点を展開している場合は特に、拠点ごとの指定権者・提出先を一覧化しておく
まとめ:セルフチェックリスト
最後に、この記事の内容をセルフチェックリストとしてまとめます。一つでも「できていない」項目があれば、優先的に見直すことをおすすめします。
- □ 加算算定の要件を、直近半年以内に見直したか
- □ サービス提供記録は、サービス提供当日中に記入する運用になっているか
- □ 人員配置は、指定申請時の届出内容と現在の実態が一致しているか
- □ 身体拘束・虐待防止の委員会は、実際の現場運用まで確認できているか
- □ 自社の各拠点の指定権者(都道府県・政令市・中核市・その他自治体)を把握しているか
- □ 直近の実地指導での指摘事項は、すべて改善が完了しているか
今回の調査で改めて感じたのは、行政処分に至った事業所の多くが、最初から悪意を持っていたわけではなく、「このくらいは大丈夫だろう」という小さな判断の積み重ねが、後戻りできない状態にまで発展してしまっているという点です。監査そのものは稀な事象ですが、稀だからこそ「自社だけは大丈夫」と油断せず、日々の運営の中で小さな違和感を放置しない仕組みづくりが重要です。
「自社の記録・加算算定の運用を一度専門家の目でチェックしてほしい」「複数拠点の指定権者関係を整理したい」など、監査対策や運営体制の見直しにご関心がある場合は、介護経営コンサルにてお気軽にご相談ください。
参考
※本記事のデータは、全国47都道府県および政令指定都市・中核市・独自に権限移譲を受けた市町村・広域連合(合計約190自治体)が2025年(令和7年)中に公表した介護保険法上の行政処分情報を、弊社が独自に収集・集計したものです(2026年7月時点)。
・介護保険制度について|厚生労働省
・介護事業所が受ける行政処分・行政指導の内容や対応方法|かなめ介護研究会
・運営指導(実地指導)とは?監査との違いや流れ|かなめ介護研究会
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の処分事例の詳細(根拠条項・返還額の内訳等)は、各自治体の公式発表を一次情報としてご確認ください。監査・行政処分に関する制度の運用は自治体・時期により異なる場合があります。実際の対応については、所轄の自治体、または弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。